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心理学から見た在宅勤務5つの課題

=オフィスを超える仕組みを=

2020年07月17日

新型ウイルス

研究員
米村 大介

 新型コロナウイルス一色で染まった2020年上半期。「3密」「ステイホーム」「ソーシャル・ディスタンス」といった新語が続々と登場した。「テレワーク」(=リモートワーク)の代表である「在宅勤務」という言葉も、耳にしない日はない。

 政府は国民に外出自粛を呼び掛け、産業界に対しては在宅勤務を要請した。LINEが厚生労働省に協力して実施した調査の結果によると、全国で在宅勤務・テレワークを推奨・義務化している企業の割合は2020年2月の5%から、4月には35%まで急上昇した。

在宅勤務・テレワーク推奨/義務比率

図表(出所)LINE

 在宅勤務には、通勤時間の削減という大きなメリットがある。その半面、オフィスの職場環境と比べると、満足できない点も少なくないだろう。そこで心理学的な見地から、在宅勤務に足りない5つの「効果」に焦点を合わせ、その課題の解決策を考察してみたい。

「注目」で生産性が上がる「ホーソン効果」

 1人で勉強をするよりも、周囲に人がいるカフェで勉強したほうが集中できる―。このように周囲に目があることで、無意識に頑張ってしまう心理現象を「ホーソン効果(=注目効果)」という。

 今から100年近く前、米国の電機メーカーと大学がシカゴ郊外にある工場で、生産性向上に結び付く要因を見つけるための実験を行った。その結果、「注目を浴びている」と労働者に意識させると、モチベーションが上がり、生産効率もアップしたという。ホーソンはその工場の名称である。

 ところが、単独で仕事をする在宅勤務では、このホーソン効果を感じにくい。それを在宅でも実現するには、仕事に関わる者同士が「頑張っている」ことを確認できるような仕組みが必要になる。例えば、日々の仕事の達成度を仲間に見てもらったり、表彰制度を設けたりするなど、常に「見られている」状況を創り出しておくとよい。

ホーソン効果.jpg周囲の目があると無意識に頑張る「ホーソン効果」
(出所)筆者

無意識に情報を選ぶ「カクテルパーティー効果」

 多くの人が集まるパーティー会場では、離れたところで自分のことを噂(うわさ)する話し声がなぜか耳に入る―。こんな経験はだれにでもあるはず。この興味がある情報だけを無意識に取得する心理現象を、「カクテルパーティー効果(=選択的集中)」と呼ぶ。

 提唱したのは英国の心理学者コリン・チェリー。実験では、右耳を意識するよう被験者に指示した上で、左右の耳に異なる情報を流した。その結果、被験者は右耳から入った情報だけが頭に残っていたという。その後の実験などにより、カクテルパーティー効果には、音だけでなく画像や文字など情報の「形」を問わず、当てはまることが分かっている。

 オフィスでは、意識しなくても同僚の立ち話が聞こえてきたり、振る舞いなどが目に入ったりする。何気ないものでも、実は仕事に影響する情報が詰まっているケースも少なくない。人間が「自分に関係ある情報か否か」を無意識のうちに取捨選択するためだ。

 ところが、在宅勤務の場合、こうした何気なくても重要な情報が入ってこない。だからカクテルパーティー効果を実現するには、ちょっとした工夫が必要になる。例えば、同僚同士で定期的に雑談タイムを設けるのも一案だ。チャット機能を活用し、常にカジュアルなやり取りを交わせるようにしてもよい。在宅勤務の静寂な環境の中に、いかにして意味のある「雑音」を取り込むかがカギを握る。

カクテルパーティー.jpg興味のある情報だけを無意識に取得する「カクテルパーティー効果」
(出所)筆者

組織に一体感生む「バンドワゴン効果」

 インターネット通販サイトのレビュー・書き込みで利用者の評価が高いと、「これが良さそうだ!」と判断してしまう―。このように多くの人が選んだものを信頼する心理現象が、バンドワゴン効果だ。「寄らば大樹の陰」と言ってもよい。

 バンドワゴンとは、パレードの先頭を走るクルマのこと。行列が先頭車に付いていく様子になぞらえ、バンドワゴン効果と名付けられた。

 会社では、組織の一体化が課題になる。若手社員は上司や先輩を「先頭車」に位置付け、その背中を見て企業文化を体得し、その企業が求める振る舞いや考え方を身に着けていく。企業が意識しているかどうかは別にして、バンドワゴン効果が組織に一体感をもたらしている。

 ところが、在宅勤務が普及していくと、バンドワゴン効果が薄れてしまう。そこで、社内教育を適宜実施するなどして、あえて一体感を醸成する必要があるだろう。例えば、先輩社員の仕事ぶりを教育素材などとして準備してはどうか。動画のライブ配信も簡単になり、VR(仮想現実)を活用すれば臨場感も増す。

2バンドワゴン.jpg先輩の背中を見て企業文化を体得する「バンドワゴン効果」
(出所)筆者

好印象を抱かせる「ザイオンス効果」

 中学生時代のクラス替え直後、「このクラスには美男・美女が少ない」と感じても、1年後には逆に「美男・美人が多い」と思うように...。このように接触機会が増えることで好意を抱く心理現象が、ザイオンス効果(=単純接触効果)である。米国の心理学者ロバート・ザイオンスが提唱した。

 普段、オフィスでは社員同士が顔を合わせるため、作業を手伝ったり、物事を依頼したりしやすくなる。しかし在宅勤務では、接触機会が減るため、協力関係が芽生えにくい。

 それを解決するためには、どうしたらよいか。例えば、リモート会議システムで雑談相手をランダムにマッチングする仕組みを設けたり、さほど親しくない人とオンラインの飲み会を開いたりと、画面上で意識的に顔を合わせる環境を整えておく必要がありそうだ。

2ザイオンス.jpg接触機会が増えることで好意を抱く「ザイオンス効果」
(出所)筆者

仕事モードに切り替える「コンテクスト効果」

 「ちゅうしゃがきらい」という言葉を耳にしたとき、あなたは?駐車場で聞くと「駐車が嫌い」、病院で聞くと「注射が嫌い」と聞こえるはずだ。このように周囲の環境に応じて情報を判断する心理現象が、コンテクスト効果(=文脈効果)だ。これは聴覚に限らず、人間の五感すべてで起きている。

 コンテクスト効果は情報判断だけでなく、気持ちの切り替えにも有効。例えば、毎朝仕事を始める時、周囲の環境変化によって「仕事モード」に切り替わっていく。「スーツに着替える」「通勤電車に乗る」といったことだが、在宅勤務では変化が乏しくオン・オフの切り替えが難しい。加えて、家族が近くにいればたびたびオフに引き戻され、仕事の効率が落ちかねない。

 在宅勤務でコンテクスト効果を実現するためには、仕事に入る際のルーティン作業を決めておきたい。筆者の場合、一杯のコーヒーでオンに切り替えている。さらに仕事中は、オフに戻らないような仕掛けも欲しい。例えば、家族には「仕事中」は声を掛けないよう、協力を求めておきたい。

図表真ん中の文字を縦で見ると13、横で見るとBに見える「コンテクスト効果」
(出所)筆者

 このように心理学的な効果の観点からは、在宅勤務にはオフィス勤務と比べて課題が多い。その一方で、在宅勤務の利便性を多くのビジネスパーソンが実感した以上、後戻りすることはないだろう。実際、日本生産性本部が2020年5月に行った調査では、テレワーク経験者の62.7%が今後もテレワークを活用したいと回答した。

テレワーク経験者の継続意向率

図表(出所)日本生産性本部

 それを踏まえると、在宅勤務の抱える弱点を把握し、それを補う仕組みを検討すべきではないか。近い将来、だれもが効率的で気持ちよく働けるよう、オフィス勤務を超える在宅勤務の環境が実現してほしいものだ。

米村 大介

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※この記事は、2020年6月30日発行のHeadLineに掲載されました。

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